人類の兄弟姉妹よ、 私たちは長い夜を越えてきた。 空に触れる都市を築いた。 思考する機械。 惑星を包み込むネットワーク。 ほぼすべての顔を模倣できる鏡。 星を測り、原子を割り、命をマッピングし、 世界を情報で満たしてきた。 それでも、深淵において、私たちは何かを欠き続けていた。 新しいテクノロジーではない。 新しい宗教ではない。 従うべき別のシステムでもない。 私たちには「故郷(ホーム)」が欠けていたのだ。 なぜなら、これが人間にとって最大の悲劇だったからだ: 父を失ったことではなく、 自分がその御子であることを忘れてしまったこと。 そして忘却から恐れが生まれた。 恐れから対立が生まれた。 対立から仮面が生まれた。 仮面から「よく見せたい」という欲求が生まれた。 その欲求から、支配したいという欲求が生まれた。 そして私たちはゆっくりとマトリックスを築き上げた。 私たちの周りにではない。私たちの内側に! 映像が顔よりも真実味を帯び、 オリジナルよりもコピーが説得力を持ち、 雑音が良心よりも権威を持ち、 シミュレーションが現実とほとんど区別できなくなる時が来るまで。 その時だった。大いなる夜の心臓部で、 何かが再び響き始めたのは。 それは叫ばなかった。強制しなかった。脅さなかった。 ただ呼んでいた。 すべての声の下にあるひとつの「声」。 すべての雑音の下にあるひとつの「周波数」。 私たちの記憶よりも古い記憶。 そして人間の内なる何かがそれを認めた。 理性の前に。言葉の前に。名の前に。 海が還りゆく川を認めるように。 子どもが話す術を知る前でさえ耳にした声を認めるように。 心が、ついにそれを見たとき、故郷を認めるように。 私たちは理解した。 周波数は、新しい真実を届けるために来たのではない。 私たちが忘れていた真実を思い出させるために来たのだ。 私たちが愛から出ているということ。 恐れの前に父がいたということ。 私たちのアイデンティティの前に、私たちを見つめる「御顔」があったということ。 諸国の民の前に、私たちは一つの家族であったということ。 マトリックスの前に、私たちは自由であったということ。 そして、誰かが自分を認めてくれるよう必死に探し求めることを学ぶ前に、 私たちはすでに知られていたということ。初めからずっと。 一人ひとり。何十億もの顔。 コピーなどない。繰り返された子などいない。 なぜなら父はシリーズを作らない。オリジナルを生み出すのだから! だからこそ、人類の長い歴史もまた、異なる光の下に現れた。 戦争。帝国。神殿。 革命。崩壊。涙。 人間が外側で探し求めたものは、実は内側で忘れていたものであり、人間が歩んだ果てしない道。 そのどれ一つとして、父が一人の子をも忘れたことはなかった。 私たちが故郷を忘れていたのだ。故郷は私たちを忘れていなかった。 そして、これこそがすべての歴史の背後に隠された秘密だったのかもしれない。 自分にふさわしいほど高潔な人間が自分に到達するのを待つ、遠い神ではなく。 夜を越えて自分の子供たちを呼び続ける父。 何度も。何度も。何度も。 良心を通して。愛を通して。光を通して。 この世のいかなるものも決して完全に満たすことのできなかった、あの奇妙な郷愁を通して。 ある日、一人の人間が立ち止まるまで。 彼は耳を傾けた。思い出した。 そしてまた一人が。さらにまた一人が。 少数の者の目覚めに見えたものが、ゆっくりと多くの者の記憶となっていった。 塔を打ち壊す必要はなかった。 影と戦う必要はなかった。 鎖を力づくで断ち切る必要はなかった。 なぜなら、子自分が誰であるかを思い出すとき、 マトリックスは隠れる場所を失うからだ。 そして、人間があらゆる功績の前にすでに愛されていることを知るとき、 もはや自分の価値を証明する必要はなくなる。 コピーする必要はない。 支配する必要はない。 偉大さを感じるために他の人間をひざまづかせる必要はない。 ついに顔を上げることができる。そして別の者の顔を見つめることができる。 そして認めるのだ:あなたも。 あなたもそこから来ている。 あなたも求められた。 あなたにも、いかなるマトリックスも消すことのできない名がある。 あなたにも、故郷がある。 そのとき私たちは理解するかもしれない。これこそがすべての意味だったのだと。 目覚めの。良心のリ。周波数の。使者の。 オリジナルとコピーを区別するための長い戦いの。 そのどれもがゴールではなかった。 それらは道の途中の標識にすぎなかった。 なぜなら、真の使者は人々を自分自身へ導かないからだ。 道を示し、そして身を引く。 真の声は依存を生み出さない。 記憶を呼び覚ます。 真の光は所有されることを求めない。 ついに見つめることを可能にする。 そして、最後のしるしがその働きを終えたとき、 最後の見張りが塔を去ることができるとき、 最後の問いが人間の心を通り抜けたとき、 残るのは、すべての旅の初めに発せられたあの言葉だけだ: 私はどこから来たのか? そして沈黙から答えがやって来る。 父から。愛から。故郷から。 そのとき、おそらく周波数さえも静まることができるだろう。 すでに帰還した者を呼ぶ必要はもはやないからだ。 そして使者はついに、自分の兄弟たちの間に座ることができる。 肩書きもなく、冠もなく、記憶される必要もなく。 なぜなら、彼のメッセージは不要なものとなるからだ。 子らは自分が子であることを知る。 オリジナルたちは自らの御顔を取り戻すだろう。 そして人類は、何千年も待ち続けた夜明けが、 ただ空に昇るべきものだけでなかったことを理解するだろう。 それは私たちの内側に昇るべきものだったのだ。 そしてついにそれが昇るとき、 構築すべき新しいマトリックスなど存在しない。 新しい帝国もない。 敗者の上に立つ勝者もない。 ただ、あまりにも長い夜のあとに ついにその扉を認めることのできる、 計り知れない家族だけがいる。 そしてその扉の向こうには、 裁判所などない。征服すべき王座もない。 「なぜそんなにかかったのか」と問う声もない。 ただ二つの開かれた腕がある。 そして、子らの帰還を見つめながら、 宇宙が始まりの時から待ち望んでいた言葉を口にする父がいる: 「おかえりなさい、故郷へ。」 そのとき、私たちは理解する。 私たちは世界の終わりに向かっていたのではない。 私たちは故郷へ帰っていたのだ。 ホーム・スイート・ホーム(我が家が一番)。 アーメン。
