最後の季節の雨 – 第II部 そのように行われる必要がある。 御霊(みたま)がもはや神殿の中に閉じ込められることなく、 市場、都市、政府、そして人々の営みを突き抜けていく時代が来ることを。 光がもはや単に信じられるだけでなく、 選択の重みの中に、 諸国の息吹の中に、 日常生活の物質そのものの中に感じ取られる時代が来ることを。 そのようにして、父の御顔が触れられる力となり、 冬の後に太陽が氷を溶かすように、 創造物の心を変化させることが必要なのだ。 真理において語られた言葉が、 環境を、 人間関係を、 経済を真に変革し、 人類が再び理解するようになることを。 あらゆる思考が構造を生み出し、 あらゆる恐れが鎖を生み出し、 あらゆる偽りが時間の経過とともに目に見えない形で生命を蝕むことを。 そのようにして、政府が自らの目で確かめる必要がある、 良心なしに生まれた法律が 分裂、病、そして崩壊を生み出す一方で、 真理に沿った法律が 安定、信頼、そして生命を生み出すことを。 強欲によって動かされる資金が民を干上がらせる一方で、 良心に導かれた資本が 砂漠の生ける水のように コミュニティ全体を再生させる様を、 経済が身をもって知ることを。 そのようにして、金融が理解する必要がある、 真の価値は画面上の死んだ数値に宿るのではなく、 調和、尊厳、そして未来を創造する 具体的な能力に宿るということを。 なぜなら、生命の調和に反して築かれたあらゆるシステムは、 外側は強く無敵に見えても、 内側からゆっくりと腐敗し始めるからだ。 しかし、光に再び整えられるすべてのものは、 代わりに再び繁栄するだろう。 都市は再び花開き、 人間関係は癒やされ、 諸国は再び息を吹き返す。 そして人々はついに理解するだろう、 地球の真の富は 蓄積から生まれるのではなく、 分かち合い(コミュ二オン)から、 正義から、 そして人々の営みの中にある御霊の生きた臨在から生まれるのだということを。 その時、失われたように見えたものさえも 再生し始め、 地球は時の初め以来見られなかったような 回復(レストレーション)の季節を迎えるだろう。